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2026年7月 9日 (木)

人の見方 23

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

ハイカーや同じマンションの住民など、組織と呼ぶことはもちろんコミュニティとも言えないような、空間や目的を同じくしているだけの希薄な関係性の人達同士が、(挨拶をするなど)距離感を縮める努力をしない時に、いったいどんな問題が生じるというのでしょうか。

山登りやハイキングなら、距離感が近くないと、信頼関係はもちろん育ちませんから、山や高原など様々な危険が想定される場所で、いざ危険な状況に陥った際の助け合いや協力を期待することはできず、安全面での脅威を減らすことができない、といったことが考えられます。

近隣の方との関係性においても、距離感を縮めることができなければ、社会的危険性が高まっている現代社会において、窃盗や強盗などの犯罪の危険について、例えば不審者の情報を共有するなどして、自分達の身を守るための備えができないということが考えられます。

これら希薄な関係性の下で人と人との距離感を縮める必要性が、このような消極的なものだけだとすると、現代人が人との心理的距離を縮めることに消極的であるのは当然に思えます。

しかし、距離感を縮めることで得られるものは、おそらくそれだけではないのでしょう。

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