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2026年6月23日 (火)

人の見方 11

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

丁寧な言葉遣いをしたり礼儀正しい態度をとることは、卑屈になる(卑下する)こととはもちろん違いますし、遜る(へりくだる)ことでもありません。

卑下すること、遜ることは自分を相手より低いもの、価値の少ないものとすることですが、丁寧な言葉、礼儀正しい態度は、相手の価値を認めることから生まれるものです。

言い換えれば、相手に対する人としての尊敬の念を表すことであり対等である人間に対しての敬意です。

敬意にはいくつかの種類があります。

一つは相手を自分よりも高い価値を持ったものと認めること。それは心から相手の高い価値を認めるという純粋な精神作用であり、もちろん自分を卑下するものでも遜るものでもなく、また、作られた上下関係から強いられるものとも異なり、言わば自然に湧き出すものです。

もう一つは対等な者への敬意。人としてこの世にあることそのものへの敬意であり、年少者や後輩に対しても当然抱いて然るべきものであり、人の行う精神作用の中でも最も気高く美しいものの一つであると思います。

そして三つ目が前記した上下関係などから強いられる敬意です。

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