ながら思考 11 (おわりに)
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
この「ながら思考」の話も、始まりは「歩きスマホ」という現代ではどこにでもある光景への違和感でした。最初私は社会倫理や気配りといった観点からその否定的な側面にばかりに着目していました。
しかし、そこに「能動的思考」を働かせて、なぜ人は「ながら〇〇」をするのかを考えてみると、それは効率(タイパ)のためだけではなく、ただ歩くだけ、ただ食べるだけの時間に何か物足りなさを感じて、何らかの精神的充足を求めているからではないかということが見えて来ました。
「ながら思考」はその精神的充足の一つでもあり、無意識に処理する散歩のようなものから、意識を頻繁に切り替えながら雑用をするというようなものまで、いくつかの段階があることもわかりました。
「歩きスマホ」というネガティブな話題から始まりましたが、行き着いたのは「自分の頭をどう能動的に動かすか」という、ちょっと前向きな話でした。
まあ、これも一つの「よしなしごと」ですから、あまり難しく考えず、皆さんも気が向いたら歯磨きでもしながら、ふっと何かを考えてみてはいかがでしょうか。案外、面白い発見があるかもしれません。
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