歩きスマホ 14
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
「ながら食事」をしない理由(場合)の一つとしてこんなことも考えられます。例えば食事に何かを求める(何かを与えられるのを期待する)のではなく、積極的に何かを得よう、見つけ出そうとする場合です。
大袈裟に言えば、食事に対して問題意識を持ち、自ら解決しようとする場合は「ながら食事」はしないということです。
また、私の場合は新聞を読みながら朝食を摂るのをやめたのですが、それは双方の効率を上げるためでした。「ながら」は「コスパ」が良いと思って始めたのですが、食事を済ませてから新聞を読むことにし、それぞれに集中した方がかえって短時間で双方の成果(食事を十分味わうこと、ニュースを十分吟味すること)が上がると感じています(合計時間は「ながら」の場合より短い)。
さて、このように、これまでどちらかと言えば「ながら食事」をする理由について主に受動的なものをとらえ、それをしないことに積極的な意味を見出すことを中心に考えて来ました。
しかし、これまで見たのは多種多様な「ながら食事」のほんの一部に過ぎません。
今度は、それをすることに積極的な意味を持つ「ながら食事」について考えてみましょう。
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