歩きスマホ 17
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
食事をどう捉えるかや「ながら食事」がそれとどう関わるかを問題にすることに「意味はない」と書きましたが、誤解を招きそうですので説明しておきます。
「ながら食事」の食事への関わり方について当初
① 食事が本来備えている価値をより引き出す
② 食事に足りないものを補う
の2つの場合があると考えましたが、これらの違いは主観的なものに過ぎず、客観的には「相乗効果」と考えるべきではないかということです。
ただし、こういった「観点」ないし「思考過程」自体に意味がない訳ではなく、(訓練ではなく)新しい気付きをもたらす可能性が高いとは考えています。
ところで、ここまでの話はもちろん「ながら食事」に限ったことではなく「ながら〇〇」全てに当てはまることだと考えています。
歩きスマホについても、上記の「観点」「思考過程」によってその意義をより多角的に、あるいはより深く考えることで、歩くことそのものの意義や、歩くことの未知の可能性を発見することができるかも知れません。
さて、実は私が最も気になっていたのはここまで書いた以外の「ながら」なのです。
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