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2026年5月 7日 (木)

歩きスマホ 12

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

「ながら食事」をする精神的メリットの一つである「楽しさ」の意味は人により場合によって違うでしょうが、一つには、その食事に不足しているものを他のこと(会話や読書やゲームや動画やSNS)で補うという意味があるのではないかと思います。

つまり何かが不足していて楽しくない食事時間を別のもので補って楽しい時間に変えるということです。

では、人が食事時間に不足を感じるのはどんな時でしょうか。言い換えれば、人は食事にどんなものを求めるのでしょうか?

もちろんその第一のものは生きるための栄養の摂取です。それだけを求める人は「ながら食事」をすることはないでしょう。

例えば三日三晩砂漠を放浪して水しか飲んでおらず、空腹で死にそうな人が食料を与えられた時、その人は「ながら食事」をしないでしょう。

この時は無我夢中で咀嚼して飲み込む事だけで、他のことをするなど考えもしないでしょう。空腹を満たして命を繋ぐことだけがその人が求めるものの全て、「楽しさ」の全てだからです。

しかし、栄養が、人が食事時間に求めるものの全てでは有りません。だからこそ人は「ながら食事」をするのです。

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