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2026年5月13日 (水)

歩きスマホ 16

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

前回「思考訓練」という言葉を定義付けもせず安易に使ってしまいました。一般的にこの言葉は「論理的思考の訓練」の意味で使われているのだと思いますが、「論理的思考」自体抽象的な概念で、一言で分かりやすく説明することは難しく、その要素の一つ一つを検討するしかないと思います。

もちろんこの「よしなしごと」は(論理的)思考訓練の場ではありません。私自身、疑問に思ったことを放置するのが気持ちが悪いので、(独り善がりですがある程度の)納得が行くまで考えているだけです。

もちろん自分が納得した理由付けが、多くの人の賛同を得られる(説得力のある)ものであれば、それは「論理的」なものに近くなっている可能性は高いと思いますし、そのような結論を導き出す過程は、ものごとを多様な角度から考えることや、「能動的思考」(これに関しては以前定義付けしています)の訓練にはなるのかも知れません。

さて、前回の最後に「食事をどう捉えるかや『ながら食事』がそれとどうかかわるかを問題にすることにあまり意味はない」と書きました。この意味を説明します。

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