歩きスマホ 2
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
国語辞典で「歩く」を引くと「足をかわるがわる前に出し、地面をふんで場所を移る」(三省堂国語辞典第8版)。もっと言えば、立って片足を前に出し、重心をその足に移しつつ後ろ足を蹴り上げて前に出すことで身体を前に進める動作。
この動作を行うのには判断や決定などの高度な精神活動は必要とされないのでその間にもう一つ別のことができてしまい、時間の有効活用になるように思えます。
しかし、(私の想像ですが)歩きスマホで安全に行えるのは動画を見る、文章を目で追う、単純で反射的なゲームをするなど深い思考を伴わない表層的な精神活動だけなのではないでしょうか。
つまり、歩くこと自体には確かに高度な精神活動は必要とはしませんが、それを安全に行うためには常に五感を働かせて周囲の情報を感知することが必要で、この間深い精神活動をすることはできないのではないか、ということです。
「立ち止まって考える」という言い方があります。ものの例えのようですが、深い思考をするには文字通り歩くのをやめ、立ち止まって集中する必要があるということなのではないでしょうか。
そしてこのことが逆に歩きスマホがなくならない理由なのかも知れません。
つづく
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