歩きスマホ 9
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
それまでやっていなかった「ながら思考」をすることは、それまでの習慣的な「ながら」をやめる、つまり習慣を変えることなので当初抵抗は有りますが、敢えて意識を向ける先を変えて行けばやがて慣れて来ます。
ただ、よりどころとなるもの(活字や画像、動画や音楽などとそれを得るための媒体やツール)がないため、多少の集中力は必要となります。つまり道具を使った「ながら」より少しは多くの努力が必要になるということです。
この努力は、恐らくそれまでと違う脳の部位を使うための努力であり、(少なくともその行動をする時には)使っていなかった脳の部位を使うことは、それだけで新鮮な感覚を味わうことができるような気がします。
これは「ながら〇〇」の「〇〇」を、(思考に限らず)他のものに切り替えるメリットなのかも知れません。そしてこれは単に新鮮な喜びを感じること以外にも何か意味があるような気がします。
これについては後で考えることにして、先に「ながら思考」のデメリットについて考えてみたいと思います。
ながら思考に限らず「ながら〇〇」には様々なデメリットが有ります。
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