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2026年5月 1日 (金)

歩きスマホ11

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

前回「ながら〇〇」では「『相互の行動には制約が生じる』というだけの捉え方も、いささか偏った(狭い)認識だった」と書きましたが、そもそも制約だけだという捉え方は当初からしていませんでした。

歩きスマホや「ながら〇〇」の目的が「タイパ」であり(この項の初回)、さらにその「精神的メリット」(7回)の一つは「楽しさ」だ(6回)と書き、制約以外に積極的意義があることは当然の前提なのでした。失礼しました(またまた迷走してます。これでは「よしなしごと」ではなく「よまいごと」です(笑))。

よまいごとついでに「ながら〇〇」の精神的メリットの一つである「楽しさ」についてもう少し考えてみました。第6回では、楽しいとは「明るくはずむような気持ち」と「精神的な負担やストレスを減らす」ことだと書きました。しかしもう一つ、一方の行動に不足しているものを他方の行動が補う、という意味もあると考えられるのではないでしょうか。

例えば、食事をしながら他のことをする「ながら食事」は、その食事に不足している何ものかを他の行動で補っていると考えることはできないだろうか、ということです。

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