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2026年3月31日 (火)

フクダの本 12

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

「会社の設立・変更登記」の次のフクダの本は「資格起業『3年で10倍』の法則」(2007 年12月・日本実業出版)です。

このテーマで何度か講演をしておりましたら、ある時出版社の方が講演を聞きに来られていて、これを本にすることを提案して下さいました。

そしてこの本は残念ながらあまり売れませんでした(増刷になりませんでした)。なぜでしょうか。

要はニーズに合わなかったということでしょう。Amazonの数少ないレビューは全て好意的なものばかりなのですが、読者は独立を目指す、あるいは既に独立している司法書士の方達が大半です。それ自体は当然のことなのですが、そういった方達の大半のニーズには合致していなかった(レビューを書いて下さった方達は例外的)のだと思います。

多くの方が求めているものは、短期間で事業を急成長させる秘訣ではなく、失敗なく事務所経営を堅実に行って行く方法なのだと思います。

レビューにある「税理士や行政書士がこの手の本を書いている例は多いが司法書士が書いたものは皆無」という声も司法書士にはそういうものが求められていないことを物語っています。

そして逆に、司法書士以外の方達には興味を持ってもらえなかったのです。

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2026年3月30日 (月)

フクダの本 11

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

「会社の設立・変更登記」は当時のニーズに合っていたのでよく売れましたが、ニーズは「問題の解決(のための情報)」だけではありません。

情報を受け取る手段(媒体)についてのニーズもあります。使い勝手や好み、獲得できる情報とコスト(金銭出捐、時間、労力)とのバランスといった点です。

現在は、情報獲得手段は本だけでなく多岐に渡りますから、情報の受け手のニーズに合致した手段によることが必要です。

ところで、なんで今さら過去の古い本の話などを持ち出してこんな話をしているのかと訝しんでいる方もいらっしゃるかも知れません。

本の話はもちろんフクダリーガルの歴史の一部ですからそれを知って頂くという意味もありますが、それだけでなく私達の仕事のあり方を考えるヒントになるものです。

自分達の仕事の本当の意味や必要性を常に考え、世の中の変化と共に変わる部分と変わらない部分を認識していないと、自分達の仕事が気がつかないうちに時代に取り残された遺物になってしまいます。

フクダの本の話はそれを考えるための一つの材料でもあるのです。

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2026年3月27日 (金)

フクダの本 10

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

問題は①です。なぜ「自社で」申請する必要があるのか。もちろんこれにも②や③と同じように法的・制度的根拠はあります(当事者申請主義)。

しかし一方で私達のような資格者代理人に代わりに申請させるしくみも法的・制度的に用意されています。それは、登記の申請に専門知識が必要で手間も時間もかかるからです。

そこで、自ら時間をかけて専門知識を獲得しつつ申請するコスト(時間も含め)と、司法書士に依頼するコストとの比較になります。

この点は、登記の種類や内容によって多少の違いがあります。

不動産の売買のように対立当事者や関係者が多い取引の登記の場合は自分で勉強するようなコストはかけられませんから、司法書士に依頼するのはむしろ原則になっています。

そうでない場合、例えば同じ不動産登記でも法定相続や住宅ローンの完済のような場合には、自分で勉強しながら(法務局で相談しながら)登記をすることも珍しくはありません。

会社の登記の場合も、例えば設立登記など対立当事者や利害関係者が少ないものでは自分で行う方もいらっしゃいます。

また役員変更登記など定期的に同じ登記を行うものは、自分達で勉強して申請してもコストが見合うこともありますし、それを継続して基礎知識が蓄えられると、イレギュラーな登記を勉強するコストも低くなります。

フクダの本「会社の設立・変更登記」はまさしくそのニーズに合っていた訳です。

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2026年3月26日 (木)

フクダの本 9

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

フクダの本(会社の設立変更登記)がかつて想定していた課題の変化について考えてみます。

課題は、「会社の登記を自社で行うこと」「そのためには知識や手間が必要であること」でした。

今のところこれらに変化はないように思えますが、変化する可能性はあるのか、さらに、変化させる(そこに積極的に関わる)必要性はないのかを考えてみます。

まず変化の可能性の大きさを考えます。これは対象の本質をつかむことであり、対象の存在意義(必要性)を考えることです。

ここではなぜ自社で登記を申請することが必要なのか、を考えます。これには3つの要素があります。①自社で②登記を③申請する。まず②について。

なぜ登記が必要かについてみなさんは依頼者からいつ聞かれても良いように考えているはずですから敢えて説明しませんが、理由の一つに法的根拠があるため大きな変化の可能性は今のところ小さいと言えるでしょう。

次に③です。なぜ登記を「申請」することが必要なのか。これにも法的・制度的根拠が含まれますので、同じく変化の可能性は小さいと言えます(ごく一部の変化はありますが)。

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2026年3月25日 (水)

フクダの本 8

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

「変化」についてもう少し考えてみます。

ものごとが変化する原因には、不作為と作為とがあります。

前者は消極的変化(劣化、混沌化、無秩序化)だけですが後者には消極的変化(破壊など)と積極的変化(成長、改善、効率化、合理化、秩序化など)とがあります。

不作為的変化から目を離し、放置していると、環境の劣化や社会の無秩序化が進みます。

そんなことは自分には関係ないと思った方、あなたのパソコンやデスクの隅にホコリが溜まってはいませんか?洗面所のボウル周りは水浸しではありませんか?

一方、作為的変化、中でも人為的変化の場合は、それに気がつかないのは問題外ですが、気がついたとしてもそれは価値を生み出すことではありません。

消極的変化も積極的変化も、自分で変化に積極的に関わる(変化を防ぐ、変化を起こす)側に回らないと、変化に巻き込まれるだけになってしまいます。

では、変化に積極的に関わるにはどうしたら良いでしょうか。

その第一歩は、その必要性を感じることです。

そのためにはその対象の本質について思考をめぐらせなければなりません。

これをフクダの本で考えてみます。

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2026年3月24日 (火)

フクダの本 7

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

「登記の申請に知識や手間が必要だという点は変わらない」、変わった(多様化した)のは「問題解決の手法」だと言いました。

確かに「問題」の側は「解決手法」に比較してより本質的なもので、変わっておらずこれからも変わらないように思えます。

しかしこれは少し言い過ぎでした。世の中に変わらないものなどないからです。

ものは放っておけば無秩序に向かうというのが大原則だそうですが(エントロピー増大の法則?)、人間社会でも似たようなことがあります。そして人はそれを回避し秩序を作り出す努力を続けることで社会を進化発展させて来ました。

つまり良きにつけ悪しきにつけ世の中は変化するのが常だということです。

実は私が関心があるのは、この点ではなく、この点から目を逸らさない習慣があるかどうかということです。

誰でも当たり前に思っていることはそのまま変わらずに続くと考えたいものです。その方が楽(変化に合わせて自分の行動も変えるのは面倒)でもあります。

しかし、それは単に変化から目を逸らしているだけで、何も生み出すことはありません。むしろ私達は(秩序への)変化を作り出す側に回りたいと思います。それが「新しい価値」そして「未来」を創るということです。

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2026年3月19日 (木)

フクダの本 6

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

フクダの本「会社の設立・変更登記」は、読者の問題(会社の登記を自分でやるには知識や手間が必要なこと)の解決に役立ち、沢山売れました。

ではまた(内容をアップデートして)同じように書式例満載の本を出せば沢山売れるのでしょうか。

もちろんその可能性がないとは言い切れませんが、恐らく当時のような売れ行きにはならないでしょう。

それはなぜでしょうか。読者の抱えている問題を解決できないのでしょうか。

そうではないでしょう。登記の申請に知識や手間が必要だという点は変わらないですし、書式例と詳細な解説によってその問題が解決できることに違いはないでしょう。

違いは他のところにあります。

それはテクノロジーの発達によって問題解決の手法が多様化しているということです。

例えばWEB上で簡単に問題を解決するサービスは増えてきていますし、最近ですと生成AIを利用する方も多いでしょう。

もちろん紙媒体の方が優れた点も多い(初等教育の教科書でも明らかになっています)ですが、仮に私達が紙媒体を中心に問題解決を提供するとしても、IT媒体でも複合的に情報提供する(メディアミックス)ことは、読者にとってよりメリットが多いでしょう。

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2026年3月18日 (水)

フクダの本 5

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

書名の特徴は「会社の設立・変更登記」に「手続きと書式の全て」が付け加えられているところです。

そして冒頭の「はじめに」にはこう書かれています。「似たようなテーマの本は数多くあると思いますが、ここまで詳しい書式例を掲載してていねいに解説してある本は、ほかにはないと自負しています」。

つまり本が売れるかどうかは、想定した読者層(この本の場合は会社の登記を自分で申請したい方達)が望むもの、つまり困っていることは何かを考え、その問題を解決できるかどうかで決まります。

この本ではそれが「手続と書式」だったということなのですが、この話、どこかで聞いたことがありませんか。

そうです。「営業とは何か」というところでお話したことと同じです。営業とは問題解決であるということです。

ではフクダリーガルが提供しているサービスは「売れるコンテンツ」即ち「お客様の問題の解決」になっているのでしょうか。

現在沢山のお客様の支持を頂けているということは、そうなのだと言えると思います。これからも引き続きそうあり続けたいですが、今までそうだったからこれからもそうだとは必ずしもいえません。

それを、少しフクダの本の例で考えてみます。

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2026年3月17日 (火)

フクダの本 4

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

そして某大企業から持株会社の登記の依頼を受けたことと関連して、当時の弊社としてはもう一つ誇って良いことが有るのでした。

新設するホールディングカンパニーは資本金が1,000億円でしたので、登録免許税だけでも7億円に上ります。そんな大金(もちろん当時の弊社の年商よりも大きい金額です)を何の保全もなくポンと預けて頂けた(普通に振り込んで来られました)のは、既に同社からの信頼が厚かったということだと思います。

今に比べればまだまだ小さな事務所でしたが、既に大企業からの信頼を勝ち得ていたと言って良いと思います。

さて、実力や顧客からの信頼度が高いことは分かりましたが、それと売れるコンテンツを作れるかどうかとは全く別次元の話です。

結果的に「会社の設立・変更登記」は増刷になった(4刷)のですから「売れるコンテンツ」だったと言っても良いのですが、売れた要素は何だったのでしょうか。

それは実際の本を見ていただければすぐ分かることなんです(Amazonでも「サンプル」を見ることができます)が、まず、書名がそれを物語っています。

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2026年3月16日 (月)

フクダの本 3

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

「会社の設立・変更登記」はフクダリーガルにとって「売れるコンテンツ」だったのでしょうか? 

それを考える前に気になることがあります。それは、「実力」です。専門書の場合は信頼性が求められますから、実力即ち専門分野に関する高度な知見が求められますが、果たしてそれが草創期のフクダリーガルに備わっていたのかということです。

その点、当時のフクダリーガルは既に会社の登記(商業登記)や会社法に関する実力は相当高かったと言えると思います。その証拠の一つが、某大企業が持株会社(ホールディングカンパニー)を作った際の登記を任されたことです。

同社では自社の商業登記(中小企業とは異なり多岐に渡ります)は内製(自社で申請)しており、担当者は会社法や登記法にも精通していました。この登記を外注したのは、ホールディングカンパニー創設が未経験で彼らであっても手に余ると考えたからだと思われ、外注先の司法書士には当然ハイレベルな実力が求められていました。

フクダリーガルが登記を任されたのはそれに応えられるだけの実力を備えていたと評価されていたことの何よりの証だと思います。

そしてもう一つ。

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2026年3月13日 (金)

フクダの本 2

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

その本とは「会社の設立・変更登記 手続きと書式のすべて」(日本実業出版、2007年)です。

https://www.yodobashi.com/product/100000009001184954/

フクダリーガルメンバー数名の共著で、執筆者の面々は日常業務の合間での作業で大変だった(と不平たらたらだった?)と記憶しています。

しかしその甲斐あってこの本は大変分かりやすいと評判で売れ行きも良く増刷になりましたし、東京法務局の相談窓口にも置かれて、相談者への説明に使われていたほどでした。

にも関わらずその後、本の改訂も行われていませんし、私と内山さん以外に著書を出した社員もまだいません。

ただ、セミナーや研修の講師を務める社員は何人か出て来ていて、当然そのコンテンツ(レジュメ)も作っている訳です。その実力があれば本も書けるでしょう。

しかし、実力だけでは(自主出版でなく)商業ベースの本は出せません。売れる本を書く必要があります。

つまりまず「売れるセミナー」をやれるようになること、つまり売れるコンテンツを作れるようになることです。

「会社の設立・変更登記」はフクダリーガルにとって「売れるコンテンツ」だったのでしょうか?

つづく

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2026年3月12日 (木)

フクダの本

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

昨日書いた「意思決定疲れ」とは、一昨日までの「意思決定の改善1〜65」が、他人の書籍の内容を自分なりに解釈して紹介するという受動的な思考手順の繰り返しだったために、頭がそれで固まってしまったような感覚です。

この題材以前は、この欄は日常的な気づきから考えを横に広げたり縦に深めたりして行くという内容が多いと自分では思っていました(そう言って下さる読者もいます)が、昨日ご紹介した第一回目の記事は、人の気づきを紹介したに過ぎませんでしたね。

もちろん日中の本業(?)では頭をクルクル回していますから固まることはないと思いますが(笑)。

ということで昨日全く浮かばなかった当欄の題材もいくつか浮かびはじめていますが、今朝は、20年近く前の「フクダリーガルの本」を最近の方が知らないことに偶々昨日の雑談で気づきましたので、それについてご紹介することにします。

私自身本は何冊か書いていて、今も新しい本を執筆中ですし、1部5課の内山潤さんにも著書(鈴木龍介さんとの共著)がありますが、フクダリーガルのメンバーが共同で書いた本はこの本以来ありません。

つづく

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2026年3月11日 (水)

初心

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

今日は「意思決定」疲れのせいか、特に書きたいことが思い浮かんで来ないのですが、ただ休むのも能がないのでこの記事を再録します。

「よしなしごと」第一回(2022年4月4日)です。

・・・・・

おはようございます。

今日から、ここに「よしなしごと(由無し事)」(とりとめのないこと)を発信します。

今朝は、昨日の日本経済新聞朝刊(28頁文化面)に沢木耕太郎さんが書かれていたコラムから。
このコラムの終盤で沢木さんは「私がもったいないと思うのは、失敗が許される機会に、失敗をする経験を逃してしまうことなのだ。」と仰っています。
ここで沢木さんが仰っている「失敗がゆるされる機会」とは、ちょっとした個人的な旅行のようなことを指しています。
そういう機会でも最近の若者は失敗を恐れて、ネットで検索して正解を見つけてから行動すると言います。
私自身も例えば「飲み屋」の開拓は「足」で行って来ましたが(神楽坂が私の「本拠地」になったのもそうしてです)が、最近は自分もネット情報を利用することも増えたことに改めて気づかされました。
沢木さんはこう続けます「人は、失敗することで、大切なことを学ぶことができる。失敗に慣れておくこともできるし、失敗した後にどう気持を立て直すかの術を体得できたりもする。」
先月の朝礼で私がお話しした「ミスが人生にもたらす意味」とも共通するものがあると感じて、ご紹介しました。
ところでコロナ以来私は原則禁酒しており、もちろん飲み屋さんの開拓どころか飲みにいくこともありませんので念のため。
記事の電子版URLはこちらです(有料会員限定)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO59610030R00C22A4BC8000/

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2026年3月10日 (火)

意思決定の改善 65

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

そして特に(原題が”Judgment in Managerial Decision Making”ですから)管理職の意思決定上の問題に着目しています。

「筆者らは、ほとんどのマネジャーが意思決定の適切さよりも意思決定の結果によって報酬を得ている事態を憂慮している。」

「これまで見てきたように、マネジャーは間違った根拠に基づいて多くの意思決定を下している。」

私達はあまりそのことに気づいていませんが、この本の「例題」がそれに気づかせてくれます。

「ほとんどの意思決定には不確実性がつきものなので、適切な意思決定の多くが悪い結果に終わるし、間違った意思決定でも結果に恵まれることがある。」

この点もよく考えると思い当たることは多いのではないでしょうか。

「マネジャーが意思決定の適切さではなく結果によって報酬を得ているということは、マネジャーは将来には機能しないかもしれない行動によって報酬を得ていることを意味する。」

結果を出しているマネジャー(管理職)にこのことを気づかせることができる組織が、強い組織なのだと思います。

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2026年3月 9日 (月)

意思決定の改善 64

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

ここまで長く、M.H.ベイザーマン、D.A.ムーア著「行動意思決定論 バイアスの罠」(白桃書房、2011年)の第11章(最終章)「意思決定の改善」をご紹介してきました。

もちろんこれだけで意思決定の改善方略を十分理解することは難しいかもしれませんが、何かしらの気づきを得て頂ければ幸いです。

私自身はこの方略が「不動産ディフェンス」の重要な要素になると考えていますし、組織がミスを犯したり人間関係に問題が生じたりすることの根本原因を探る手がかりにもなるのではないかと思っています。

そして著者は同書をこんな言葉で締めくくっています。

「筆者らは本書が意思決定に関するあなたの思い込みのいくつかを払拭することを願っている。」

これは同書が(最終章以前の章で)多くの「例題」(ここではご紹介できていません)によって気づかせてくれているものです。

「また本書が意思決定の結果だけに目を向けるのでなく意思決定のプロセスの重要性への覚知を高めることを願っている。」

ここでは二重過程理論(システム1思考とシステム2思考)を想起して頂ければと思います。

締めくくりの言葉はさらに続きます。

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2026年3月 6日 (金)

意思決定の改善 63

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

意思決定の改善方略は自分自身の意思決定だけでなく他者の意思決定(の誤り)を的確に理解するためにも役立ちます。

例えばみなさんも公私に渡って「交渉」の必要な場面に臨まざるを得ないことが多いと思います。

そして「しばしば交渉相手の意思決定に不信を抱く状況に直面するが、先方の論理の欠陥をずばりと表現する語彙が不足している」と感じることも多いと思います。

ここでも、これまでここで書いた(引用した)ことが「他者のバイアスを理解し説明するための体系的な手がかり」として役立つと思います。

ただ、これについてもやはりトレーニングを重ねないと実地には役立ちません。

誰でも「新聞を読みながら、あるいはテレビでスポーツイベントを観ながら他者のバイアスを見つける訓練」ができます。

「レポーター、スポーツキャスター、政治家、その他の情報提供者、そして、公務員が社会に向けて発表するコメント」は「バイアスを帯びた意思決定プロセスの実例」です。

今でしたらSNSや動画サイトに氾濫する情報が恰好の材料になるのでしょうが、要はそういった情報を受け取る度に、意思決定の改善(のトレーニング)ができるのです。

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2026年3月 5日 (木)

意思決定の改善 62

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

意思決定の改善のための6つの方略をもう一度見てみましょう。

1決定分析ツールの使用  
2専門知識の獲得 
3判断バイアスの補正 
4類比的推論 
5外部者の視点に立つ 
6他者のバイアスを理解する

これらを十分理解するためには、同書(「行動意思決定論」)の多数の例題によって自分達が如何に様々なバイアスにとらわれているかを知る必要があります。

ただ、これらの方略が理解できたとしてもそれだけですぐに意思決定が改善される訳ではありません。トレーニングが必要です。

同書では「しばらくの間、本書で明らかにしたようなエラーがないかどうか、自分の意思決定プロセスの見直しを繰り返す必要がある」としています。

続けて「あなたが対峙しているさらに複雑な世界での意思決定のバイアスを注意深く探索する必要がある」とも。

さらに「意思決定のプロセスに永続的な内部改善を組み込むことは手間のかかる作業である。しかもそれは時間をかけて根気よく自己監視しながらゆっくり進めなくてはならない」と言います。

しかし「あなたが組織の難局の只中にいる時に比べれば、意思決定に関する本を読みながらバイアスを見つける方がはるかに容易である」とも言っています。

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2026年3月 4日 (水)

意思決定の改善 61

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

前回の、他人の意思決定を調整する算式は、言われてみれば当たり前のことなのですが、あくまでも「言われてみれば」です。

私達は、言われてみれば当たり前のこと、例えば(アナリストなどの専門家に限らず)第三者からの情報を適切に調整して自分の意思決定に生かすことができていないことが多く、しかもそれに気づいていません。

第三者からの情報に接した時に取る態度は、全面的に信用(採用)してしまうか、全く信用(採用)しないか、一か零かのどちらかであることが少なくありません(これを「レッテル貼り」とも言います)。

前回ご紹介した5つのステップは、「平均への回帰というバイアスを調整することで人間の直感のバイアスを補正するひとつの明確なプロセス」を提供しています。

そしてこれをより普遍的な形で意思決定の改善に生かすテクニックを、同書は次の3段階で表現しています。

1 決定が下されようとしている文脈を正確に認知し分析する

2 意思決定と意思決定者を取り巻く潜在的なバイアスを見分ける

3 その意思決定に対する適切で論理的な調整が何かを見極めて、それを実行する

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2026年3月 3日 (火)

意思決定の改善 60

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

「人間の判断について理解する」、つまりアナリストの判断にもバイアスがかかることを理解していれば、「アナリストの出した数字を体系的に調整する」ことができます。

この「体系的」調整方法はノーベル経済学賞受賞者のD.カーネマンらが次のように段階的に整理しています。

1 比較対象のデータを整理する

「懸案となっている意思決定や予測と比較するための過去の事例を選択すること」です。

例題の場合、「新店舗を既存の全店舗と比較する」などです。

2 比較対象データの分布を評価する

「提供されたデータから売上高の分布する範囲と平均」がわかります。

3 直観による評価を組み込む

例題ですと立地アナリストの評価である380万ドルがこれにあたります。 

4 意思決定の結果についての予測を評価する。

過去の予測数値と実売上を比較する、あるいは相関係数1.0(アナリスト自身が通常立てる)と0の間で評価者が係数を立てます。

5 直観的予測を調整する

4で相関係数が出ていればあとはそれを機械的に当てはめるだけです。

調整後の予測額=比較対象の平均+相関分((当初の予測額−比較対象の平均)✕相関係数)

例題で係数が0.75 であれば、300+(380-300)✕0.75 =360(万ドル)が調整後の予測額です。

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2026年3月 2日 (月)

意思決定の改善 59

(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

逆に「あなた」自身の「大ざっぱな見積もり」(「いい線を行くだろう」)も、同じく「平均への回帰」という統計的概念の影響を受けます。

この概念はバイアスを外す一方でこれ自体がバイアスを生みます。それに対処する(「他者の意思決定を調整して利用する」)ための指針を著者は次のように示します。

まず、「この立地アナリストの予測は極めて正確」(予測と実売上高との間には完全な相関関係がある=相関係数1.0)」と仮定すると「380万ドルという予測を信じることは妥当」です。

次に、アナリストの予測と実売上高の間の「相関関係がゼロ」のケースは、「アナリストの予測は無意味」です。

この場合は「使える情報はただ一つ、平均的な店舗の売上が300万ドルということだけ」です。

しかし「おそらくこのアナリストの過去の予測は全て正解でも全て間違いでもなく、その経歴を通じて中間的なレベルの的中率だった」と考えます。

そして「部長であるあなたはアナリストの予測と実売上の間の相関関係の評価如何によって、アナリストの予測数値を割引いて300万ドルから380万ドルの間のどこかに落ち着かせる」のです。

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