未知の問題はどう解決するか その6
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
考えることが楽しくない原因についての仮説
1:やらされ感(自分で考えたいのではなく、人に命令されてやっている)
2:考えるとは、暗記して問題に回答することだと思っている
3:考えることが好きじゃない(考えるより動くことが好き)
4:失敗したら嫌だ。考えても間違っていたら悲しいし恥ずかしい
5:自分は頭が悪いから良い答えを出せない
6︰専門家やAIに聞けば答えが出るのに考えるなんて時間の無駄だ(「下手の考え休むに似たり」)
7︰考えてもどうせ良い考えなんて浮かばないに決まっている
8:そもそも考えることは辛いもので楽しく考えるなどあり得ない
9︰忙し過ぎて考える時間を作れない
10︰心身共に疲れ過ぎて何も考えたくない
11︰考え方が分からない(糸口がつかめない)
12︰考えて良いことがあった例しがない
13:楽しいことは罪悪である(人は献身的にのみ生きるべきである)
14︰考えることだけでなく生きていることそのものが楽しくない
・・といった訳で私の「下手の考え」ですが仮説ならいくらでも立てられます(これ自体は楽しいですが切りがないのでこのくらいに)。
さて、これらを検討すれば、「楽しいこと」の持つ意義がわかるでしょうか?
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