「腹落ち」はしても・・・ その2
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
「腹落ち」「腹に落ちる」とは、「(りくつが)じゅうぶんにわかること」(三省堂国語辞典第八版)です。
客観的な根拠に基づいて「わかる」場合もあれば、それがないのに「わかった気持ちになる」場合もあります。
今回の「説明」に対する私の「腹落ち」は後者です。つまり、客観的な根拠が示されておらず、何故納得できたかを上手く説明できないけれど、直感的に「そうだ」と思った訳です。
これは「システム1」の働きです。
実は今回の「説明」は、「賛否論評せよ」という指示に対して生成AIが出して来たものです。
例えばChatGPT5は「認知資源の消耗」「意思決定疲労(decision fatigue)」という一見専門用語的なものを使って来ました。
この類のものを鵜呑みにしてしまうのも「システム1」です。
しかし今回ChatGPT5はそれ以外の説明もこの用語の出典も示さなかったため、私のシステム1は鵜呑みにして「わかった気持ち」になることはなく、「いや待て、これはどこから引っ張って来たんだ?」と考えました。
これが「システム2」の働きです。
つづく
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