恐れるべきは・・・ その1
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
AIに批判的な意見を聞くことは賢い使い方だと言いましたが、それはあくまでも多様な意見の存在を知る(自分の意見は正しいのだという「確証バイアス」から解放される)ためです。
AIが行う批判が的を射ているかどうかは別の問題であり、その検証には全く別のプロセスが必要です。
例えば、「腹落ち・・」の時のように論理性の有無で判断する方法や、信頼できる情報源に辿り着くまで出典や根拠を調べるという方法など、色々あると思います。
しかしいずれにしても重要なのは検証が必要だということです。
それはAIを「道具」として「使う」という意識を持っていること、言い換えれば何のためにAIを使うのか、という目的や意思を自分自身が持っていることです。
AIは私達よりも圧倒的に優れた能力を持っているのですから、代わりになんでもやってもらえばよいのです。ものすごく「頭が良い」のですから、代わりに考えてもらえばよいのです。
しかし、あくまでも「道具」であり、我々が主で、AIが従という関係であることを忘れてはならないのです。
そうでないと・・・
つづく
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