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2022年4月21日 (木)

「こんにちは」は失礼か(その2)

(フクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

昨日は、「こんにちは」や「こんばんは」は敬語として「使いづらい」と感じることもあるかも知れないが、使ってはいけないという積極的な理由は見当たらない、むしろこれら自体が敬語的表現なのではないかという話をしました。

今日はこれらが敬語かどうかという議論とは少し違う角度で考えてみます。

敬語とは、相手の「社会的役割」(4月15日のこの欄で「立ち読み」した村上陽一郎さんの「エリートと教養」から頂いた用語です)を前提とした言葉遣いです。

つまり、敬語は、相手の社会的役割を自分がどう捉えているかを態度として表したものです。すなわち、相手の社会的役割を自分より高く見ているのか、高く見てはいないが、礼儀正しさを示す必要があると考えているのか、の表現です。

その点、「こんにちは」「こんばんは」は人から社会的役割というものを捨象して考える(村上さん流に言うと「一つ一つ引き剥がしていく」)ことができる言葉遣いなのではないでしょうか?
言い換えれば(昨日お話した)「人と人とは本来対等である」という考え方に基づいた言葉遣いであるという考えです(それぞれの言葉の由来・語源から考えるという手法もありますが、私は現在生きている言葉に私なりの意味付けをしたいと思います)。

以上2つ(あるいは3つ)の観点から、上司やお客様に対して「こんにちは」「こんばんは」と言っても全く失礼ではないと考えます。
これは私の考えであり、違う考え方もあると思います。しかし、少なくともフクダリーガルでは誰に対しても「こんにちは」「こんばんは」で良いですし、「お疲れさま」はねぎらいの場面でしか使ってはいけないものとしておりますので、フクダリーガルのみなさんにはそのルールに従って頂きたいと思います。

もちろんどんなルールも合理性がなければ(なくなれば)改めなければなりません。
しかし、これまではこのルールの合理性を疑わせるだけの説得力のある意見は寄せられていません。
みなさんのご意見(特に、このルールをひっくり返すような、私の考えを叩きのめすようなご意見)をお待ちします。

ところで話は少し変わりますが、フクダリーガルの教科書では「お客様の敬称は、法人でも個人でも、『様(さま)』である。」と言っています。
このルールは上記の私の考え方に反すると思いませんか?

それはまた明日。

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