大きく考える 6
(今朝のフクダリーガル社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)
さらに考えてみれば部分か全体かは相対的なものです。部分最適は当該部分にとっては全体最適です。全体最適もさらに上位の全体にとっては部分最適です。
そして最適かどうかも相対的な概念です。他と比較することによって初めて可能になる評価です。
ですから部分は先ず今が最適ではないことに気づかなければなりませんが、そのためには他との比較が必要です。他との比較という相対的な思考の中で全体に対する意識も生まれます。
最適でないことに気づいたなら最適を目指して改革・改善を行わなければなりませんが、最適を実現出来てもそれが永続する訳でもありません。時間が経てば陳腐化し、最適ではなくなります。ですから改革・改善はやり続けなければなりません。それが部分としての機能です。
相対的な存在である部分は全体としての機能も果たし得ます。部分は自己が部分であることを認識できなければ、部分最適も実現できません。逆に自分が部分であることを認識するということは、全体の存在を認識することであり、全体最適の視点を持ち機能を果たすことも可能になります。
組織の成長発展のためには部分の自己認識が不可欠なのです。




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