2025年2月 5日 (水)

法人にこそ教科書

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

不動産事件・事故では、認知バイアスという主観的要素が大きな役割を果たしています。

これは個人レベルの問題ですから、これに起因する事件・事故は、企業においては本来構成員である個人を組織的統制の下に置くことで防ぐべきです。

特に上場企業では、近年のコーポレートガバナンスの要請もあり、コンプライアンス意識や、構成員のリーガル・リテラシーも高いはずですから、それは難しくないはずです。

ところが上場企業でも事件・事故を防ぎきれていないことは、不動産に限らず近年とみに目に付くようになりました。

なぜでしょうか。

これには様々な要因が輻輳していると思われますが、こと不動産取引におけるそれに関しては、今まで問題の科学的分析や論理的・体系的な整理が行われて来ず、わけても個人的要因が軽視されて来たことが大きいと思います。

「不動産取引における事件・事故防止の教科書」はその分析・整理を行うことで問題の原因を明らかにするとともに対処方法を提示し、法人における事件・事故の実効的な防止を可能にするという意義を併せ持つものです。

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2025年2月 4日 (火)

「対等」と「場への配慮」を考える

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

年齢、性別、職種、役職、年次等々の社会的カテゴリーに関わらず、人は対等です。

以前、こういう意味のことを書きました。

・対等な関係(タメ)だから言葉遣いもタメ口(ぐち)で良い
・しかし、距離感(親しさ)や「場」に応じた礼儀への配慮は必要 ※1

配慮が必要な「場」には、仕事上の席(会議など)や、チャットグループがあります。

ビジネスチャットでの配慮に関してはこんなことを書いているサイトがあります。

・言葉遣いに気を付ける 同期や後輩に発信する場合も敬語に統一することで、仕事のやり取りということが明確になる
・業務連絡に徹する プライベートな内容の発信で相手の仕事を邪魔しない ※2

ここでは相手に対する配慮という意味で書かれていますが、私は「場」、即ち他の参加者に対する配慮が必要だと思います。

一方で、「場」への配慮を欠いた会話を参加者が行っているときは、他の参加者は(同僚はもちろんそれが先輩や上司であっても)それをたしなめるべきです。

みなさんの職場はそれができるような環境ができているでしょうか?

※1 https://hap.air-nifty.com/phytoncid/2024/02/post-258828.html
※2 https://officenomikata.jp/coverage/16373/

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2025年2月 3日 (月)

興味から入り、原理をつかむこと

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

最近地面師が社会の関心をひいていますが、先日も書いたように地面師は不動産事件・事故の氷山の一角に過ぎません。私が以前から地面師に関する情報発信をしてきたのも、その氷山の水面下の部分である膨大な不動産事件・事故についての注意喚起をするためです。

しかし、時間の限られている研修や講演では、せっかく芽生えた興味関心に答えるために、地面師を始めとする実例を中心に話をします。

とはいえ最も重要なのは、それらの事例から導き出された「原理・原則」なのです。

「不動産事件・事故防止の教科書(仮題)」では、その原理原則の部分、すなわち、事件・事故の体系化(分類)や被害を被る要因の分析等総論から説き起こし各論に入り、事例・裁判例に進むという順序で解説を施して行き、読者が自ら理論的に考えることを促します。

そうでないと、今後必ず発生するであろう新しい形態の事件・事故に遭遇したときに適切な対処ができないからです。

仕事に興味を持ち、原理原則を探求しないと未知の事象に対処できないのは、全てに共通の原理です。

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2025年1月31日 (金)

バイアスは合理性の裏側

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

事件・事故防止の教科書では思考にかかるバイアスが事件・事故を引き起こす、と言っていますが、反面、バイアス(歪み)と評価されるのはその思考が否定的な結果をもたらす側面をもっているからで、その思考方法が時間と労力の節約であるという側面もあります。

例えば地面師などの劇的な出来事は実際以上に多く発生しているように思われますが、これは、人には「利用可能性ヒューリスティック」(思い出しやすさで発生頻度を判断するクセ※)があるためです。

これはある意味合理的な心の働きとも言えます。物事がどの程度の頻度で起こっているかを正確に知るためには、全ての物事を把握しなければならず、それは極めて困難です。しかし、自分の思い出しやすいものを基準に判断するのは難しくはありません。

メディアが発達していなかった時代であればそれで大きく外れることはなかったのですが、今はメディアが発達し、しかもそれらは発生頻度の少ないもの、つまり珍しいものほど多く取り上げるため多くの人が思い出しやすく、そこにバイアスが生じてしまうのです。


※「認知バイアス 心に潜むふしぎな働き」(鈴木宏昭 2020年 講談社ブルーバックス)p.37

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2025年1月30日 (木)

朝型が良いのか つづき

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

その方はこういう意味のことをおっしゃっていました。

「夜の残業は終了時間が限られておらずだらだらとエンドレスになり勝ちだが、朝の場合は始業時間というゴールがあるから自ずと集中して効率的に仕事を行うことができる。」

考えると私自身も、朝(型)だからというよりは、時限投稿というシステムで否応なく使える時間が限定されていたからこそ集中して高速度で仕事ができていたのです。

自分で思い返しては、よくあんな速さでできているなと思った程です。1時間もかけずに(時には2〜30分で)十数もの新聞やニュースサイトに目を通し、ピックアップしていましたから。

つまり、朝か夜かというより、時間が限定されているかどうかが重要だということです。しかもその限定は、主観的なものでなく客観的に強制されていることが必要です。

また、社内では「早朝出勤者の業務を管理できない」という声もありましたので、その点もお聞きしたところ「性善説です。そもそも夜でも管理できているのでしょうか」とおっしゃっていました(他の対策もあるでしょうが)。

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2025年1月29日 (水)

朝型が良いのか

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

私は朝型(朝に最もパフォーマンスが上がる)人間です。各種自己診断テストの結果もそうでした。

このよしなしごとのアップやニュース共有(新聞やニュースサイトをチェックして興味があるものなどをピックアップ)も毎日朝の時間帯に行ってきました。

ただここ最近は、なぜか朝型習慣の優先順位が少し崩れ、投稿の締め切り=自動投稿の時刻8:17~18 に間に合わなくなり、投稿も、出社も遅くなり、それで日中の仕事も押せ押せになるという悪影響が出ています。

やはり、ちゃんと朝方にもどさないといけないと思う一方、わが社のメンバーも朝型の方が良いのではないかとかねがね考えていました。実際伊藤忠商事のように朝型を優遇して業績を向上させた会社もあります。

もちろん弊社のメンバーも朝型人間ばかりではありませんから、果たしてどうなんだろうと思っていたところ、たまたま伊藤忠商事ご出身でグループ会社の社長を勤めていらっしゃる方とお話する機会がありました。早速、早朝出勤奨励について伺ってみました。

お聞きしたのは意外なお話でした。(つづく)

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2025年1月28日 (火)

ブレーンストーミングの害

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

先日の「価値研修」では活発な発言がされ、私自身学ぶところもあり、また、参加者同士もお互いの考えや人となりに触れることができて良かったと思います。

そして、研修としては、価値観の共有の端緒として、お互いの価値観を知るという意義があったと思いますが、そこからさらに発展させてFLC&Sの新しい価値観を作り上げて行こうとすると、さらに別の方法が必要です。

新しいアイディアを生み出す方法として、これまではブレーンストーミング(判断延期、自由奔放、質より量、結合・改善の4つのルールの下に多数人で多角的に行うアイディア出し)が有効だと思っていましたが、既に多くの研究でブレーンストーミングの有効性が否定され、むしろネガティブな影響を与えるとされていることを最近読んだ本(※)で知りました。

その原因はブロッキング(他人の発言を聞いていて同じ意見と思い発言をやめたり、自分の意見を忘れてしまう)、評価不安(自分の発言に対する評価を恐れて発言を控える)、タダ乗り(何もせず、出席しているだけ)の3つだそうです。

※ 鈴木宏昭「認知バイアス」p.202、亀田達也「合議の知を求めて」

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2025年1月27日 (月)

地面師より怖いものはなにか

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

ネット配信ドラマの影響で地面師が注目され、関連の講演や執筆の依頼が増えています。
ドラマをご覧になった方から「怖いねー本当にあんなことがあるの?」と聞かれることも多く、地面師の怖さを実感させる効果は高いようです。

しかし、実のところ地面師事件の発生件数は、不動産取引における事件事故全体の件数の中では極くわずかなものです。ドラマの題材になった実際の事件もそうですが、メディアが(繰り返し)取り上げることで印象付けられ、発生頻度が実際よりかなり多いものとして受け取られます。これも認知バイアスの一種です。

例えば人の死因についての米国での調査では、国民の約半数が脅威と思っているイスラム過激派による殺害よりもベッドからの転落死の方が70倍も多いのだそうです。

思い出しやすいものほど発生頻度が高いと感じてしまうことが原因(利用可能性ヒューリスティック)だそうです。

このバイアスを、不動産取引における事件事故のリスク(怖いのは地面師だけでない)やその防止法を認識して頂く機会として活用したいと思います。

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2025年1月24日 (金)

創造はひらめきじゃない

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

私は今「不動産事件・事故防止の教科書」を書いています。元々は、日々の業務の中で出会った問題から学んだことや実例、裁判例などから、事故防止の原理原則を導き出したものを整理する作業です。

「あしもとのこと」と名付けた短文メッセージとして社内に発信することでアップデートもして来ましたし、社内メンバーの意見も聞きました。

当初の研修テキスト(スライド)から短文メッセージへ、そして、新しい研修のためのテキストへ、さらに書籍の原稿へと作り変える過程の中で、徐々に改善、整理が進み納得度の高いものになっていると感じてはおりましたが、特に創造的であると考えてはいませんでした。

しかし、ひょんなことからこの手順が創造の過程に似ていることを知ることになりました。

それは、俵万智さんの有名な短歌
「『この味がいいね』と君が言ったから七月六日はサラダ記念日」
の創作過程です。

最初は
「カレー味のからあげ君がおいしいと言った記念日六月七日」
で、これを手始めに、塩味、この味、等数パターン作り変えた末に出来たものだそうです。

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2025年1月23日 (木)

なぜ状況の共有が難しいのか

(今朝のFLC&S社内ブログ「福田龍介のよしなしごと」より)

昨日の「駄文」(私の言葉。鈴木教授の文章ではもちろんなく)で私の思い描いていた「状況」と同じものを読者に構築させるのは無理でした。

ところでこんな話があります。
 
障害があって言語能力の殆どない少女が天才的な絵の才能を発揮していたが、言語能力を獲得するに従って絵の才能を失って行った。

事故で脳の言語を司る部分を損傷した人が、突然天才的な絵(写真的絵画)の能力を獲得した。

二万年前にクロマニヨン人が洞窟に描いた壁画(ラスコーなど)は描写力の高いものであったが、彼らの言語能力は高くなかった。

言語能力は絵画的描写能力とはトレードオフの関係(両立しない)にあるようです。

そして現代人の大半は高度な言語能力を獲得する代わりに絵の才能を失っています。自分の見たものを他人に正確に伝えるためには言語よりも絵の方が簡単ですが、その能力を失っているため言語で表すしかありません。

しかし、言葉で見たものを正確に表現するのがいかに難しいかは、人の顔を正確に表現しようとすることを想像すればすぐわかると思います。

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